2024年、僕は定年で10月の初めには仕事をほぼ辞め、その後にそう長くもない人生で9回目の引っ越しをした。ただ、それまでも隔週のペースで週末には新しい住処に通っていたので今年もまたたくさんの本を読んだ、ということにはならなかった。
いつものように、2024年に出版された本ではなく、あくまで僕が2024年に読んだ本から。
世界は変わってしまった。旅行者にとっては良くない方へ。
第1位 蔵前仁一「失われた旅を求めて」(旅行人)
「1980〜90年代、バックパッカーが自由に旅ができた時代。それから世界は何を失い、どう変わってしまったのか」(帯のコピー)。
決して、ノスタルジーということではなく、でも世界は変わってしまったんだなぁ、とつくづく思わせてしまう一冊。
2000年代以降、自由に旅できるところは本当に減ってしまった。世界は安全ではなくなった。安全ではないところが多くなってしまった。旅行者にとって失われた旅。
「失われた」の一部は、それは「豊か」になったことによるものであり、僕らが残念・・いう類のものではないけど、もう二度と実際に見ることができないということでは、やっぱり少し残念なのである。あの時、行っておけばよかったと。
世界が失くしてしまったものをしみじみと見入り、著者の言葉を聞きながら、今の世界は正しい歩みを続けているの考える。
「学問は最高の遊びである」とは、広島大学のキャッチフレーズ。学問の楽しさを学者自身が発信する。サバクトビバッタの研究にお金を出せなくなるようなら、この国の科学は滅びていくことになるだろう。
第2位 前野ウルド浩太郎「バッタを倒すぜ アフリカで」(光文社)
「バッタを倒しにアフリカへ」の続編。前作では、論文発表前だったことで研究内容の詳細には触れられていなかった。今回は研究成果を自慢しまくり(たくさんの受賞があるから、当然ではあるが)、そしてサイドストーリーも満載。モーリタニア、アメリカ、フランス、モロッコ、そして日本でサバクトビバッタの生態、婚活を追う。研究者は孤独ではなく、世界中の研究者と交流しながら、仮説を補強し、フィールドワークや研究室での結果を分析しする。論文の作成でもそうだ。科学者の生態がわかる本。著者みたいに文章を書く才能がない研究者たちも、著者同様世界中でたくさんの研究者と交流しながら成果を出そうともがいているんだろう。なかなか表に出ない研究者の生活や態度、苦悩を、著者は自分の研究を通してそれらを書くことで、研究者を代表した、と言えるだろう。前作ではなかりの印税が入ったようだ。そして、その使い道も素敵である。
先日読んだばかりだけど、衝撃の書。日本の「闇」、あるいは人間の本質? を暴く怖い本です。
第3位 窪田新之助「対馬の海に沈む」(集英社)
驚きの最終盤。どんなミステリーよりもミステリーな結末。日本社会の闇は深い。対馬のJAで神様、天皇と呼ばれていた男が車ごと海に飛び込んだ。彼はなぜ死ななければならなかったのか? 著者は JA共済を舞台におこる様々な不正、というよりも「闇」を暴いていく。それは、著者の前著「農協の闇」(現代新書)が描き出した闇の一つの具体的な噴出。ただ、執拗な、徹底した取材でそれは海に飛び込んだ男「だけ」の犯罪ではなかったという真実を暴いていく。対馬JA、彼によって共済加入した対馬の人々による共犯。みんなが「受益」者だった。対馬JAだけではない、JA共済、JA全体もまた「受益」者だった。そして、被害者は全国の他の共済加入者。それが著者の結論。しかし実際には、彼だけの犯罪とされ、JAや地域は被害者とみなされ、共犯者たちは組織の中で昇進し、地域の人々は普通に生活を営む。日本社会の闇をそこに見る。
この本もまた、人間とは・・・・を考えさせられます。
第4位 デイヴィッド・グラン「絶海 英国船ウェイジャー号の地獄」(早川書房)
1740年に250人の乗組員でイギリス・ポーツマスを出航したウェイジャー号は、当時の覇権国家スペインのガレオン船を拿捕し、金品を奪うことが目的だった。航海は熾烈を極め、当時まだ未知の病だった壊血病や伝染病に多くの乗組員が倒れ、そして壮絶な嵐の中で南アメリカ大陸最南端のホーン岬を回ったあたりでついに難波してしまう。後にウェイジャー島と呼ばれるようになる島に上陸した時には、乗員は145名になっていた。無人の荒涼とした島には何もなかった。飢えと裏切り、極限の状態の中で人肉食。極限の中で生き残るために軍紀を守ろうとする人、生き残るために上官に反旗を翻すもの。極限の状況の中での判断、行動・・・・凄まじい記録。人間は強い、のかもしれない。過酷すぎる状況でも生き延びる人間がいる。どれだけ過酷だったのか、それは本書を読んでいただいたほうがいい。生還したのは33名。上官に反旗を翻したグループと、軍紀を守ったグループのどちらもごく少数が生き延びた。ただ、ほんの少数の生き残りの多くは、どちらのグループも艦長や士官や士官候補や、つまり階級が上のものだった。18世紀英国の現実。
この本を読むまで「ベーシックインカム」一択だと思っていました。こちらの方がいいのでは、と思い始めました。社会システムの改革がベーシックサービスの方向(改善)なのか、そうでないのか(改悪)で評価するのがいい。給食費の無償化は改善、学生の扶養控除の増額は改悪、大学無償化なら改善・・・などなど。
第5位 井手英策「ベーシックサービス 「貯蓄ゼロでも不安ゼロ」の社会(小学館)
教育・医療・介護・障害者福祉をベーシックサービスとして無償化する。加えて、品位ある最低保障を実現して「貯蓄ゼロでも不安ゼロ」の社会を実現する。その理論と、実際の方法論を提供する。財源は消費税。16〜20%にすれば、ベーシックサービスを無償で提供できる社会が実現する。そうすると、将来の不安から解放され、将来のために貯蓄に回っていたお金が今を生きる、楽しむために使うことができるようになり、経済も活性化する。実際、北欧社会はそれを実現している。将来の不安、長生きするのがリスクの社会、チャレンジするのがリスクでしかない社会、息が詰まりそうな社会を変える処方箋。具体的な行動に移そう、というのが著者の提言。具体的な行動は簡単。政治を監視し、投票に行こう、ということ。
この著者の冒険が今一番気になります。でも、探検家ってどうしてみんな「書ける」んだろう。
第6位 角幡唯介「地図なき山 日高山脈49日漂泊行」(新潮社)
地図上にはもはや空白がなくなってしまった現在、新しい冒険、探検はどこにあるのか? かつて「空白の5マイル」でチベットのツアンポー峡谷の空白を埋めてしまった著者の答えは、地図を持たない「登山」だった。著者にとって未知の山域である日高山脈を地図なしで漂泊した4回、都合49日の記録。チベットの峡谷や極北、辺境の冒険家である著者にして、2000メートル程度の日本の山域が地図がないだけで冒険のフィールドになってしまう。「人が生きるには未来予期が必要だ。未来予期こそ人間の第一の存在基盤である」のに、地図がないだけでその滝の向こうに何が広がっているかわからない状況は存在基盤が脅かされる怖れを抱くには十分だった。特に最初の漂泊は、著者のツアンポー峡谷の探検を彷彿とさせるもので読者はその「怖れ」を共有するものとなった。著者が後書きで書いているが、1回目の漂泊と2回目以降の漂泊の間には大きな断裂がある。2回目以降の漂泊はより山と身体が一体化し、読者は「怖れ」ではなく「楽しさ」を共有することになる。「怖れ」も「楽しさ」もページをめくる手が止められない。
今年も本屋さんや書物をめぐる物語はいくつも読みました。その中でのベストはこれ。こんな本屋さんになれたらいいなぁ。
第7位 ファン・ボルム「ようこそ、ヒョナム洞書店へ」(集英社)
本屋大賞 翻訳小説部門第1位。まるでその本屋さんがそこに存在しているうな小説。登場人物も皆、実在するかのよう。そして、読書論と人生論。ソウル市内のヒュナム洞に開店したその書店は、店主のヨンジュと、そこに居場所を求めて集まってくる人々とともにその地に根ざしていく。いろんな悩みや背景を持ったそこに集う人たちはその関係性の中で、答えを見つけていく。街にはこんな本屋さんが多分必要なんだと思う。本当にあればいいのに。「本は、なんというか、記憶に残るものではなくて、体に残るものだとよく思うんです。あるいは、記憶を超えたところにある記憶に残るのかもしれません。記憶に残っていないある文章が、ある物語が、選択の岐路に立った自分を後押ししてくれている気がするんです。何かを選択するとき、その根底にはたいてい自分がそれまで読んだ本があるということです。それらの本を全部覚えているわけではありません。でも私に影響を与えているんです。だから、記憶に執着しすぎる必要はないんじゃないでしょうか。」「ええ、幸せはそう遠くにあるんじゃない、ってことが言いたかったんです。幸せは、遠い過去とか、遠い未来にあるわけじゃなかったんです。すぐ目の前にあったんです。その日のビールのように」
この国は生きづらい。シドニーに行く度に僕もそう思う。なんというか、空気が違うのだ。彼の地に着いた途端に、ホッとする。
第8位 朝日新聞取材班「ルポ若者流出」(朝日新聞出版)
総務省のデータによると22年、23年に海外へ転出すると届け出て移住した日本人は15万人前後だそうだ。給与、労働時間、パワハラ、セクハラ、休日、子育て、教育、家族、結婚、多様性・・・ほとんど全ての指標で日本の「生きにくさ」は明確になっていて、それはたくさん報道されている通りにのだけど、若者、機動力のあるもはその解決策として海外を目指す。本書は海外に移住した若者たちのルポ。移住する理由の一つ一つが、「そうだよね」と納得。出生数の減少だけではなく、社会的流出もあって日本の人口は今後も減り続けるのでろう。そして、「日本人が生きづらさを感じている社会に、外国人の方々が期待や憧れを持ってきてくれるとは思えません。・・・・「外国人に来てもらえればなんとかなる」というあまりにも楽観的で、驕りのあるシナリオは、もう成り立たないと思います」という福井県立大の佐々井教授の言葉は重い。若者の流出を追うことで、この国の問題、早急に解決しなければならない問題を明らかにする。
ただ、世界はどこも生きづらくなりつつあるのかもしれません。
第9位 橘玲「世界はなぜ地獄になるのか」(小学館)
「はじめに」でほぼ言い尽くされている。"リベラル"を「自分らしく生きたい」という価値観と定義すれば、「リベラルな政策によって格差や生きづらさを解消できる」は「大きな勘違い」で、「そのリベラル化によって格差が拡大し、社会が複雑化して生きづらくなっているのだから」という。そして「「反知性主義」「排外主義」「右傾化」で、一般的にポピュリズムと呼ばれるが、これはリベラリズムと敵対しているのではなく、リベラル化の必然的な帰結であり、その一部なのだ。--したがって、リベラルな勢力がポピュリズム(右傾化)といくら戦っても、打ち倒すことはできない。」「誰もが自分らしく生きられる社会」の帰結がキャンセルカルチャーの到来を招き、世界を地獄にする。ということが、具体的に、そして論理的に書かれている。なるほど、そんな感じがする。地獄を生き抜くための結論は「エビデンスを呈示できる専門分野では積極的に発言してフォローワーを集め、それ以外の領域では炎上リスクのない投稿(ネコの写真など)にとどめるのがいいかもしれない」「キャンセルの標的にされたときの甚大な(取り返しのつかない)損失を考えれば、これがほとんどのひとにとってもっとも合理的な選択になるのではないか。」
この本も読んでも、僕は肉食をやめれません。いろんな人がいていいんだと思います。
第10位 ヘンリー・マンス「僕が肉を食べなくなったわけ」(築地書館)
「人間が動物のことを--すべての動物のことを考えたらどうなるだろう? 僕たちは、食べ物を手に入れる方法を、自然界の扱い方を、動物園の動物に対する態度を変えられるだうろか?」という著者は、それらの現場に出て、実態をレポートする。今この瞬間にも絶滅している動物がいること、温暖化による地球環境破壊、生態系が破壊されていっていること、そしてそれらを解決するためには行動を変えなければらないこと(その中には肉食をやめることも含まれているが、もちろんそれだけではない)を論理的に明確にしていく。そしてそれは多分「正しい」。著者は屠殺、酪農、海、ハンティグ、ヴィーガンレストラン、動物園、ペット・・・・それぞれの現場を決して十把ひとからげにはしない。でも、すべての動物を愛するのなら、行動を変えなければならないと結論づける。そして、私たちにできることの一番目に「肉を食べるのをやめる・・・良心的な農家さえ、家畜の身体を限界まで利用し、不必要な二酸化炭素を排出する。これは腐ったシステムなのだ・・・」をあげるのである。
退職したし、2025年こそは成功雨読で行ってみよう。

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