2020年12月31日木曜日

2020年に読んだ本 僕の極私的ベスト10

  今年は新型コロナ禍の中、遠出はもとより外出すらままならないという状況で、例年よりもたくさんの本を読むことができた。それだけは、本当にそれだけなんだけど多幸であった。
 いつもの年と同じで、あくまで僕が今年読んだ本であって、今年発行された本じゃないので、結構古い本もあったりして・・・。


 今、この人が書いたと聞けばとりあえず読んでみる。それが新聞への寄稿でも。ただし、日本語に翻訳されたものに限るけど。最初の「サピエンス全史」は衝撃的だった。
第1位 ユヴァル・ノア・ハラリ「21Lessons」 河出書房新社
 サブタイトルは「21世紀のための21の思考」。
いま、人類が抱えている大きな問題、将来にわたる課題を提示し、思考することを強いる。たくさんの「考えなければならないこと」を提起する。そして、いますぐするべき行動について「しなければならない」と焚きつける一方、多くについては、答えはない。
人類がこの先数十年、21世紀を生き延びるために必要な課題と行動を提起された。

 

 ちょっと前の本だけど、この著者の本も読み続けている。やはり最初の「銃・病原菌・鉄」に衝撃を受けた。
第2位 ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」(上)(下) 日本経済新聞社
 フィンランドの対ソ戦争、明治日本、チリのクーデターとその後、インドネシアのクーデター未遂後を襲った危機。その時、「国」はどういう選択をしたのか。
 重要だったのは、必要だったのは「選択的変化」。
「危機に直面した個人と国家にとって難しいのは、機能良好で変えなくていい部分と、機能不全で変えなければならない部分との分別だ。そのためには、自身の能力と価値観を公正に評価する必要がある。」
 明治日本は選択的変化によって国家的危機を解決した。それは「他に類を見ないほど公正な自国評価」、つまり欧米は日本よりも強いという真実と、日本が強くなるためには欧米から学ぶ以外に方法はないという真実を受け入れたということだ。一方、1937年以降の日本は「現実的かつ慎重で公正な自国評価を行うのに必要な知識と経験が欠けていた」。それが壊滅的状況をもたらした。
 今の日本も1937年から何も変わっていないような・・・・

そして、下巻は
 上巻では明治日本の選択的変化を評価した著者は、下巻では現代日本の国家的問題への対応について「希望を持っている」という。そのことは、突然の鎖国政策の廃止や第2次世界対戦での敗戦の時と同様に、「もう一度時代に合わなくなった価値観を捨て、意味のあるものだけを維持し、新しいしせたせいに合わせて新しい価値観を取り入れること、つまり基本的価値観を選択的に再評価すること」である。
 女性、高齢者、移民、中国と韓国、自然資源管理について、「公正で現実的な自国認識」が必要だと述べる。自国認識を誤っているという指摘である。
 下巻では、戦後ドイツ、オーストラリアの経験を学び、現代日本とアメリカ、そして世界共通の危機(核兵器、気候変動、化石燃料、格差・・・)を明確にし、その危機の枠組みについて明らかにする。あとは、我々の問題である。

 

 3部作の2作目。訳者によると、3作目はもっとすごいらしい・・・・。これも第1作が衝撃的だった。次が待ち遠しい。
第3位 劉 慈欣「三体 II 黒暗森林 (上)(下)」早川書房
 宇宙社会学の公理
1. 生存は、文明の第一欲求である。
2. 文明は絶えず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。
解説によると、「フェルミのパラドックス」の一つの回答だそうである。地球外文明が存在する可能性は高いのに、我々はそれが存在する証拠を全く見つけてこなかった。
この公理もなかなか興味深いが、ストリーも描写も何もかもが、とにかく面白い。

 

 衝撃的といえば、この本。
第4位 濱野 ちひろ「聖なるズー」集英社
 人間って不思議で面白いし、全部受け止めて、受け入れてしまっていいと思う。何も否定しなくていいと思う。多分、人間は進化の過程で脳がそのように「進化」してきたのだろう。いろんな人がいるものだ、ということ。それでいい。
 ドイツの犬や馬をパートナーとする動物性愛者「ズー」の話である。自ら性暴力の被害者であった著者は、ズーたちと寝食を共にしながら、会話やインタビューを重ね、行動を観察し、愛やセックスや暴力について考えていく。
 人間以外の動物と対等である、ということは可能なのか。異種間での対等な関係性とは、人間の解釈に過ぎないのではないか、という疑問もあるし、本当のところは知れない。ただ、人間以外の動物の異種間での対等な、あるいは恋愛のような関係性も実際には観察されることもあるわけだし、人間と動物の間であっても可能なのかもしれない。しかし、動物は語らない。私たちは、自分以外のことについては、基本的には言葉でもってしか認知し得ない。
 本書を通じて感じること、それは人間というのは、とてつもなく多様であって、基本的にそれでいいということ。それがいいということ。
 自分を試される本、だと思う。

 

 村上春樹の本は、その主題が何であれ、読んでいる時、その時間そのもが愛おしくなる。「一人称単数」(文藝春秋)も良かった。久々の品川猿がなんとも言えずよかったけど、今年の春樹の一番はこっちかな。

第5位 村上春樹「猫を棄てる  父親について語るとき」文藝春秋
 たくさんの偶然が重なって、たまたま著者は今ここに居る。村上春樹の父は1917年に生を受け、日中戦争、太平洋戦争で都合3回召集を受ける。大陸中国で従軍するがたまたま生き残る。たまたまビルマやフィリピンに送られずに、でも当時の仲間の多くはビルマやバターンやレイテでほぼ全滅している。母親は婚約者を戦火で失い、実家の船場の店は空襲で焼けてしまった。そして、村上春樹は今ここにいる。
 個人的な歴史だけど、特別な歴史ではない。あの時代に生き残ったもの皆が多かれ少なかれこんな歴史を背負って生きてきた。著者は書く「戦争というものが一人の人間--ごく当たり前の生なき市民だ--の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまうかということだ」。少し前の日本人の物語。

 

 日本はやっとほぼ全ての行政文書から印鑑をなくすことにするらしい。多分民間も右にならえ、だろう。これで、アフリカ象は生きながらえることかできるだろうか?
第6位 三浦 英之「牙」小学館
 アフリカ象はあと数年で絶滅する。その責任の多くは、日本にある。日本の、日本人のせいでアフリカ象は間も無く絶滅する。
 東アフリカでの密猟の現場で見る顔をえぐられ牙を抜かれた巨象、子供の像。そして、鉈で首を掻き切られる学生たちへのテロ。これらの全てが、日本人が象牙の印鑑や置物を買い求めることが原因で起こっていることを、私たちは知るべきだと。その現実を世界から突きつけられても、日本だけが、唯一日本だけが国内の象牙市場を閉じようとしない。
 アフリカで像を殺している真の「犯人」を突き止め、、テロの一翼を担っているの「犯人」を明らかにする。

 

 パリ協定を達成するには、多分牧畜業にも切り込まなければならないだろう。僕らの食行動がこのままでいい、とはならない。でも、この技術が完成したら・・・・そのままでいいかもしれない。
第7位 ポール・シャピロ 「クリーンミート 培養肉が世界を変える」日経BP
クリーンミートは代替肉ではなく、本物の肉である。現代のバイオテクノロジーを使って細胞を培養し、動物を殺すことなく、必要な本物の肉を生産していく。そのスタートアップ企業で夢と理想を追う人々を追う。 
 クリーンミートがこの地球に及ぼす影響は甚大である。それは道徳から環境問題、公衆衛生まで「正」の革命を引き起こす。工業的畜産によって生産=殺される動物がなくなる。現在の畜産による温室効果ガスの放出は車、バス、電車、飛行機、船・・・など運輸部門全部合わせたものより多いが、それが大きく削減される。畜産物の糞便による食中毒がなくなるばかりでなく、家畜- ヒトへの新たの感染症が発生するリスクが極小化される。 

 

 日本の産業は生産性が低い、というのはこんなところに実は要因があったりして・・。
第8位 西岡 研介「トラジャ JR「革マル」30年の呪縛、労組の終焉」東洋経済新報社
日本には、いまだにこんな労組と経営者がいるのだろうということは、まあ、知ってはいるのだけど・・・。JRだけではないということも知っている。でも、ひどい。
 JRに巣食う「革マル」。虎の威を借る労働者。保身と自らの出世だけに関心がある経営者。両者がつるんで、国民の安全をないがしろにし、税金を強奪する。民営化前から続く、その癒着ぶり、異常さを暴く。21世紀の話とはとても思えない、拉致、暴力、策謀・・・・。
 革マルが指導してきたJR東労組はついに組合員が大量脱退し、少数組合に転じたが、それまでは第一組、連合の中でも最大単組だったという。それはなぜか? 著者はあとがきでこう言う「実直で、従順な気質は多分に、組合であろうが、会社であろうが、「その時の力のある者」になびく傾向にある。」。つまり、革マルに従ったのは経営者より力があったからで、大量一斉脱退したのは、経営者のほうが力を持ったから・・・と言うこと。
 これはどうやら、「日本人論」かもしれない。

 

第9位 桐野 夏生「日没」岩波書店
 文化文芸倫理向上委員会からの召喚状。そして強制収用。それは「社会に適応していない」小説を書いたから。国民は誰も知らない、そこに「私」が収容されていることも、いや、そこに「収容所」があることさえも。そしてやがて・・・決して生きて出ることは不可能だと知る。
 最初はただ「出頭」するだけだった。2、3日で出られるはずだった。研修のはずだった。作文を書けばいいだけだった。しかし権力は狡猾で粘着質で、最後まで一切の妥協はしない。徹底的に葬り去る。えげつない手を使って・・・そして最後。
 往々に僕らは、その始まりをなんとなく見過ごしてしまう。少し変なことがあっても、自分ごととしては捉えるのは難しい。そして「茹でガエル」のように、自分ごとなんだと気がついた時には、何もかもがもう引き返せないところまで来てしまっている。
 「最近、作家がよく自殺するって言われている」「演劇界や映画界でも、このところ、訃報が多いよ」
 桐野は炭鉱のカナリアだった、と気がついた時には時は既に遅かったということなる。

 竹中平蔵は嫌いでも、ベーシック・インカム(BI)は嫌いにならないで・・。BIって、権力者が言い出すと福祉切り捨て・・・みたいになってしまうけど、それは違うから。
第10位 アニー・ローリー「みんなにお金を配ったら」みすず書房
サブタイトルは「ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?」
 ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)こそが今後の世界を救う。AIによる仕事の変化あるいは消滅、経済的不平等や貧困、人種差別や性差別、これらを解消し我々をユートピアへ誘う政策、UBI。
 ケニアやインド、そしてカナダなどの先進国での実践でエビデンスは揃いつつある。もっとも、人間は複雑で、社会も複雑で、UBIだけで全てが解決するとは著者は言わない。まだ、議論と実践、実験は必要なんだろう。
 最終章、「UBIの財源」がちょっと残念。もっと具体的な試算、提言が欲しかった。これまでと違った行政の仕組み、税制が求められるわけで、それあたりが完全にクリアにならないと絵に描いた餅になってしまう。
※財源についてはちょっと前の本だけど、 井上 智洋「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」(文藝春秋)がかなり具体的。結論は、ほぼ増税なしにできる・・・ということ。

ここ10数年の読んで面白かった本 → こちら




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