地域の皆さんで、もちろん僕も参加して、12月1日に我が家の上の集会所の梅の剪定しました。その枝をストーブの薪にと、いただきました。全部です。梅の木2本分ですが、とんでもない量でした。で、ぼちぼちと片付けをしていました。小枝は不要なので、とりあえず小枝を切って、薪にする枝だけを分けます。乾燥させて、再来年のシーズンには使えるかなぁ、という感じ。
こんな感じ、下は、さらにチェンソーでカットする分です
切り外した小枝は
とりあえず、庭の片隅に積み上げた。乾燥したら、粉々になるかな?
この小枝を切る作業、最初はこの鋏を使っていました。
これ、普通に園芸用。5mm位の枝でもきつい。親指の付け根あたりが痛くなります。したがって、遅々として作業は進みませんでした。埒があかないので、今日ホームセンター・ナンバで剪定用の鋏を買いました。
大きさはあまり変わりませんが、軽い力で2cmの枝まで切れます。このおかげで一気に捗りました。正しい道具を使うって、とても重要なことですね。時間はたっぷりあるとはいえ、楽にやりたいものです。
山本高樹「冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ」雷鳥社 ISBN:978-4844137658
昔、インドを旅した時、デリーでよくした話は、「これからどこに行く?」「スリナガルかレーか・・、とにかく涼しいところへ」。結局僕はどちらにも行かなかったけど、北インドは今でも憧れている。
レーから旅の入り口バクラ・バオまでは車で数時間。道はそこで途絶え、急峻な地形に阻まれて冬の間はその先に行くことはできない。陸の孤島。ただ、厳冬の時期、ザンスカール川が凍ってしまう時期を除いては。
川の上の氷の道を地元ではチャダルという。そのチャダルを辿ってヒマラヤの麓、チベット仏教を信仰する人々が暮らす、ザンスカールという土地をの最深部までを巡る。土地の人々の家、多くはガイドの親戚の家だが、に泊まりながら、その土地で暮らす人々の冬の生活、信仰がだんだんと描かれる。
旅の途中から考えるのは、「ミツェ(人生)」のこと。「あれほどまでに強大な自然に囲まれた土地で、わずかな畑と家畜とともにつましく暮らす人生に、意味はあるのか。辿り着くことさえ困難な山奥のゴンパで、瞑想と仏への祈りにすべてを捧げる僧侶たちの人生に、意味はあるのか。」。静かに、著者は答えを見つける。
この旅の最中もレーと繋がる道路の建設が進んでいた。今頃はもう一年中外界とつながっていて、この冬の旅も、ザンスカールの冬の生活も完全に過去のものとなっているかもしれない。






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