2025年1月19日日曜日

薪を切る 「体験格差」

 とりあえず放置、乾燥させておいた剪定された枝を、ストーブに入る長さにチェーンソーでカットしました。途中、都道府県対抗駅伝を見た時間を除いてほぼ終日かかって、これだけの薪ができました。次か次の次のシーズンまで乾燥させます。





 先日から、「シドニー英語コミュニケーションプログラム」のホームページの更新をしています。このプログラム、受講生は半年のクラスの後、全員がシドニー異文化体験ツアーに参加します。これが、とても貴重な体験になります。その後の大学生活、場合によっては人生を変えるほどの体験になります。→ホームページ
 

 「体験」は学び、成長には圧倒的に必要なことです。しかし、残念ながら大学生においても「体験格差」が広がりつつあるように感じます。子どもと同様にそこには経済的な問題があります。

今井悠介「体験格差」講談社現代新書 ISBN:978-4065353639

 なんとなくそう思っていたけど・・・というのを調査を通じて可視化したのが重要。

 直近1年間での「体験ゼロ」の子どもたちが約15%いるという。学校外での習い事やスポーツ、家族旅行や地域の行事への参加が全くない子どもたちである。世帯年収が300万円以下の家庭では約30%にもなる。

 「体験」にはお金もそうだが、時間も必要になる。シングルマザーの家庭など、お金はなくとか工面できてもそのお金を稼ぐために時間は工面できない。送り迎えや当番がある「体験」には参加させることができないのだ。

 第2部では具体的な体験格差が報告される。

 なぜ「体験」が必要なのか。「体験」は「子どもたちにとっての想像力の幅、人間にとっての選択肢の幅」に大きな影響を与えるからであり、「今を生きる子どもたちにとっての楽しさや充実感の問題であり、将来の人生の広がりに関わるより長期的な問題でもある」からであると、著者は言う。

 本書には、体験は贅沢品か、と問いがある。

憲法第25条には、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。「文化的な最低限度の生活」の程度は時代によって変化していくだろう。子どもたちの一定の「体験」というのはそれに含まれていいのではないだろうか。結局は貧困の問題であろう。

 第3部では著者の提案と、実践が紹介されている。(2024年5月3日 記)

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