2025年1月31日金曜日

昨日の続き 「たまたまザイール、またコンゴ」

  今日も寒い。暖かいリビングで、先日の蔵前仁一「ホーボー・インド」に触発されて35年前のインド記を書く。→こちらも読んでいただければ嬉しい


 昨日の続きです。コンゴ民主共和国はその前はザイールと呼ばれていました。あの、モハメド・アリがジョージ・フォアマンを逆転KOした「キンシャサの奇跡」が起こった1974年、まだザイールと呼ばれる国でした。

 その後、何回かの内戦も経て、旅行者が入れる国になっていった。いつまでも、旅行者が安全に旅できる国であってほしい。

田中真知「たまたまザイール、またコンゴ」偕成社 ISBN:978-4030034204

 すごい旅。中央アフリカの旅は、思うようにいかない。でも、旅って思うようにいかないからこそ面白い。絶対に真似はできないけど。
 1991年と2012年の2度、中央アフリカのコンゴ河を下る旅。1991年と2012年の間にはアフリカ世界大戦と言われるほどの激しい内戦、戦争があり国名も河の名前も変わってしまった。
 日本に住んでいると、そのスケールが想像できない。広いところで河幅が10Kmあるという。1回目の船旅は、丸木舟の約600Kmを含めて約1000Km。2回目は丸木舟の約400Kmを含めて約1700Kmの船旅。これでも、コンゴ河の一部でしかない。1700Kmって、東京から沖ノ鳥島までの距離と同じくらいらしい。流域面積は日本の面積の10倍あるらしい。全然わからない。
 オナトラと呼ばれる船が1990年代にはこの大河を行き交っていた。まるで町ごと移動しているような・・・そんな船に乗り込む。交易の品、キャッサバや魚の燻製、そして猿の燻製。それらが甲板に所狭しと置かれそして炊事、洗濯。そこは生活の場。そして、丸木舟の旅。
 20年後、コンゴ河の風景は少し変わっていた。流域の人々は携帯電話を持ち、内戦で拡散した武器を持った。でも、オナトラはなくなったけど、相変わらず大河には船上で生活する人々が行き交い、そしてやっぱり旅は思うようには進まないのである。(2016年1月24日 記)



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