今日の朝日新聞のオピニオン&フォーラムは「「こども食堂」看板やめます」。「こども食堂」の名付け親であり、13年間「こども食堂」を続けてこられた近藤博子さんへのインタビユー記事。
「こども食堂」へ僕が抱いていた疑問について、最初にはじめた近藤さんもやはりそのように感じておられたんだ・・・と。「こども食堂」は緊急避難的であったはずなのに、拡大するばかり。今では、政治や行政までもが「こども食堂」を「支援」しようとする。政治や行政の失敗が「こども食堂」という結果になっているのも関わらずである。彼女は、本来議論されるべき問題が議論されていない、と怒っています。
この本も子供の貧困問題です。「こども食堂」とつながっています。
今日のお勧め本
なんとなくそう思っていたけど・・・というのを調査を通じて可視化したのが重要。
直近1年間での「体験ゼロ」の子どもたちが約15%いるという。学校外での習い事やスポーツ、家族旅行や地域の行事への参加が全くない子どもたちである。世帯年収が300万円以下の家庭では約30%にもなる。
「体験」にはお金もそうだが、時間も必要になる。シングルマザーの家庭など、お金はなくとか工面できてもそのお金を稼ぐために時間は工面できない。送り迎えや当番がある「体験」には参加させることができないのだ。
第2部では具体的な体験格差が報告される。
なぜ「体験」が必要なのか。「体験」は「子どもたちにとっての想像力の幅、人間にとっての選択肢の幅」に大きな影響を与えるからであり、「今を生きる子どもたちにとっての楽しさや充実感の問題であり、将来の人生の広がりに関わるより長期的な問題でもある」からであると、著者は言う。
本書には、体験は贅沢品か、と問いがある。
憲法第25条には、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。「文化的な最低限度の生活」の程度は時代によって変化していくだろう。子どもたちの一定の「体験」というのはそれに含まれていいのではないだろうか。結局は貧困の問題であろう。
第3部では著者の提案と、実践が紹介されている。(2024年5月 記)


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