2025年12月15日月曜日

シドニー ボンダイビーチ 「物語 オーストラリアの歴史」

  シドニー・ボンダイビーチで傷ましい事件がおきました。僕も何回も行ったところです。直近では今年の5月にも行きました。とてもいいビーチで、気持ちのいいところです。

 オーストラリアは1970年代にそれまでの白豪主義を放棄し、その後は多文化主義を国是として世界中から多数の移民を受け入れけています。そして多文化主義とそれに伴う移民の増加によって著しい発展を遂げ始め、ミドル・パワーの国としての地位を固めていきます。現在のオーストラリアは一人当たりのGDPは日本の2倍程度であり、とても豊かな社会を築いています。

 十回以上オーストラリアに行っていますが、日本からシドニーの空港に着いて入国した瞬間にその安全で自由な空気を、とても気持ちよく感じます。ホッとします。日本よりもずっとリラックスできます。それは、この国の人々、社会が作り出す空気です。

 オーストラリアはこの困難を、きっと克服すると信じています。それも、素晴らしいやり方で。


 植民地後のオーストラリアの200年の歴史。
 イギリスの植民地でありながら、他の植民地とは異なる歩みをしたのは、そもそもその国民の多くがヨーロッパからの棄民や移民であったからである。イギリスに追従することがアイデンティティであり、従って中国に派兵し、第一次世界大戦にも派兵する。第二次世界大戦では、日本の空襲を受ける。

 戦後は、白豪主義を捨て、アジアからの移民を受け入れ、マルチカルチャー、ミドルパワーの国になっていく。その過程を明らかにする。世界有数の豊かで安全な国になったオーストラリアは、地政学的に東アジアから多大な影響を受けた。著者らは「オーストラリアは東アジア世界と接触することで、ようやく自我に目覚め、(中略) オーストラリアの運命を左右したのは東アジア世界であると言って見過言ではない」とまでいう。

 発展し、繁栄を続けるオーストラリアの歴史を読むとき、一方で日本はどうして没落してしまったのか、を考えざるを得ない。(2023年4月記)


0 件のコメント:

コメントを投稿