今朝の朝日新聞の記事です。文化庁は、国立博物館・美術館にもっと稼げ、入場料を上げろ、外国人にはもっと払ってもらえ、と伝えたらしい。財務省は稼げない館は再編、撤退させる意向らしい。
貧すれば鈍する、とはこのことでしょう。大英博物館は入場無料です。スミソニアン博物館群は入場料無料です。ルーブル美術館は18歳未満および26歳未満のEU居住者は無料です。日本の国立博物館は現状18歳以下は無料ですが、それ以上は1000円程度です。決して高くはありませんが、大学生から入場料を取る国は珍しいでしょう。博物館法は、社会教育法に加えて文化芸術基本法の精神にも基づくことを定めています。であれば、先進諸国同様に入場料無料にするからどんどん来てね、とすべきなんだと思います。子どもの「体験格差」も問題になっています。それこそ「国を強く豊か」にするのは、このような体験、学習でしょう。こういうのをケチってもしょうがないと思います。
なんとなくそう思っていたけど・・・というのを調査を通じて可視化したのが重要。
直近1年間での「体験ゼロ」の子どもたちが約15%いるという。学校外での習い事やスポーツ、家族旅行や地域の行事への参加が全くない子どもたちである。世帯年収が300万円以下の家庭では約30%にもなる。
「体験」にはお金もそうだが、時間も必要になる。シングルマザーの家庭など、お金はなくとか工面できてもそのお金を稼ぐために時間は工面できない。送り迎えや当番がある「体験」には参加させることができないのだ。
第2部では具体的な体験格差が報告される。
なぜ「体験」が必要なのか。「体験」は「子どもたちにとっての想像力の幅、人間にとっての選択肢の幅」に大きな影響を与えるからであり、「今を生きる子どもたちにとっての楽しさや充実感の問題であり、将来の人生の広がりに関わるより長期的な問題でもある」からであると、著者は言う。
本書には、体験は贅沢品か、と問いがある。
憲法第25条には、「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。「文化的な最低限度の生活」の程度は時代によって変化していくだろう。子どもたちの一定の「体験」というのはそれに含まれていいのではないだろうか。結局は貧困の問題であろう。
第3部では著者の提案と、実践が紹介されている。(2024年5月記)


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