火・水・木と休んで、4日ぶりの営業でした。美作市内へ行ったり、鳥取へ行ったり、なんちゃってファームの手入れをしたり・・・そんに毎日でしたが、ありがたいことにwebでのご注文を毎日いただいていて、それらの発送もしていました。
インド・パキスタンのカシミールをめぐる紛争はとりあえず休戦になってよかった。僕がインドを旅行した1989年頃も当地は係争地であり、なかなか自由には旅行できなかったのかなぁ。でも、スリナガルやレーには旅行者は入っていたと思う。ラダックはカシミール地方だが現在は連邦直轄領になっています。外務省海外危険情報ではレベル1になっています。スリナガルはレベル2で不要不急の渡航はやめてください、となっています。
カシミール・ラダックはとても素敵な場所です。行くのが困難ならば、せめて本で・・・・。
昔、インドを旅した時、デリーでよくした話は、「これからどこに行く?」「スリナガルかレーか・・、とにかく涼しいところへ」。結局僕はどちらにも行かなかったけど、北インドは今でも憧れている。
レーから旅の入り口バクラ・バオまでは車で数時間。道はそこで途絶え、急峻な地形に阻まれて冬の間はその先に行くことはできない。陸の孤島。ただ、厳冬の時期、ザンスカール川が凍ってしまう時期を除いては。
川の上の氷の道を地元ではチャダルという。そのチャダルを辿ってヒマラヤの麓、チベット仏教を信仰する人々が暮らす、ザンスカールという土地をの最深部までを巡る。土地の人々の家、多くはガイドの親戚の家だが、に泊まりながら、その土地で暮らす人々の冬の生活、信仰がだんだんと描かれる。
旅の途中から考えるのは、「ミツェ(人生)」のこと。「あれほどまでに強大な自然に囲まれた土地で、わずかな畑と家畜とともにつましく暮らす人生に、意味はあるのか。辿り着くことさえ困難な山奥のゴンパで、瞑想と仏への祈りにすべてを捧げる僧侶たちの人生に、意味はあるのか。」。静かに、著者は答えを見つける。
この旅の最中もレーと繋がる道路の建設が進んでいた。今頃はもう一年中外界とつながっていて、この冬の旅も、ザンスカールの冬の生活も完全に過去のものとなっているかもしれない。(2021年6月記)