今日は地域のとんど祭り。お誘いを受けたので、ちょっと行ってきました。ぜんざいと、豆餅、焼き餅をいただいてお腹いっぱいに。小さな子どもたちの賑やかな声が響いていました。
開店してからは、小雪が舞い、寒風吹きすさぶとても寒い一日でした。ストーブでは、狭い蔵ですけど十分に暖まりません。寒さ対策、何か考える必要がありそうです。
さて、年明けからアメリカはベネズエラを攻撃し、イランではデモが拡大。そしてトランプはイランにもコロンビアにもデンマークまでにも武力行使しそうな脅しをかけるし(脅しではおさまらない感じがします)、不吉な予感しかしない年の始まりです。
そんな中、5年前に軍事クーデターがあったミャンマーでは、軍事政権の出鱈目な選挙の真っ最中です。この国の現状は結局、日本や西欧、アメリカのいう自由や民主主義は「方便」であるということを如実に物語るものでしかありませんでした。ウクライナとパレスチナ、ベネズエラのことを見れば、ダブルスタンダードであることは明白だし、ミャンマーには関心がなくて、そこが軍事独裁になろうともどうでもいい、ということのようです。
でも、ミャンマーの市民はクーデターが起こったその時から、自由と民主主義のために国際社会の支援を受けることなく戦っています。最初は外国の支援、軍政への圧力を期待したようですが、それが望めないものと知っても彼らは戦い続けています。
ミャンマーで開発の仕事をしていた著者は、2021年2月の軍事クーデターからの1年間、軍政に反対し、行動する市民の声を丁寧に拾い上げて、SNSで発信しました。実際のところ、圧倒的な軍隊の暴力に対して、当初徹底的に非暴力で対抗した市民の唯一の希望は、自由と民主主義を標榜する国が軍事独裁政権に対して圧力をかけること、そのことでこのクーデター劇が終わることだったのです。著者が日本語で発信し続けることで、日本政府からの圧力を引き出すことをミャンマーの市民の期待していました。結局日本政府は市民の側ではなく、軍政の側につくことになるのですが。
クーデターの5年前まで、ミャンマーは軍事独裁制のもとにあり、市民は自由を奪われ、経済的に搾取されて非常な貧困の中に留め置かれていました。長い長い民主化闘争によってようやく自由と民主主義を勝ち取り、凄まじい経済発展が始まったばかりでした。
長い軍事独裁のもとで、市民は、軍がどれだけ酷いものか知っています。ある市民は著者に言います「覚えておいて。軍はあなたが思うより残酷よ」
著者は、市民が発信するSNSや、市民に直接話を聞いて、どれだけ軍が残酷なのか自らのSNSで発信しています。しかし、軍の残酷さのリアルは、そんなものではないとミャンマー市民は知っているわけです。
そんな残酷な軍は非暴力で抵抗していた市民を虐殺し始めます。そしてついに、市民は武器を取らざるを得なくなる。その一部始終が本書にあります。
クーデターから5年経ったいま(2026年)、軍政はまだ続いており、市民は自由も民主主義も奪われたままです。そして、本書にあるミャンマー市民は今もまだ静かに、勇敢に闘争しています。
ミャンマー市民の抵抗、闘争に僕は多くのことを学び、勇気づけられます。そして、いま何をすべきなのか、考えさせられます。(2026年1月 記)

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