今日は終日雨。お客様が来る気配もなく・・昨日買い取った本を順次クリーニングしながら、値入れしてお店に出しています。ただ、なかなか捗りません。つい、パラパラとめくって、目に止まったところを読んでしまいます。
「サハラ砂漠で旅行者を乗せたトラックが故障 飲み水枯渇し旅行者ら49人死亡」という昨日ニュース。またまたとんでもないフェイク・ニュースを! と思ったのですが、どうやら本当のようです。
サハラ砂漠を徒歩や車で旅をした、という旅行記はたくさんあります。これもその一つです。サハラ砂漠だけではないんですが。
1990年のサハラ横断。ヒッチハイクしていくんだけど、その過程で何人もの日本人と出会います。当時も今と同様に、飢えや渇きの危険と隣り合わせだったはずです。1990年代のアフリカ・バックパッカー旅。今はもうできない旅かもしれません。
在庫なし(先日売り切れ)
1974年21歳の青年がモーリタニアのヌアクショットを相棒のラクダ サーハービーとともに出発。サハラ砂漠を単独横断し、7,000キロ先のポート・スーダンを目指した。まだ誰もなし得ていない冒険はしかし、志半ばで死す、ことになる。
彼の日記や手紙でこの冒険を再構成。21歳の青年は、生きるためにそこへ行かなければならなかった。生き続けるために、行くしか無かった。
日記に記される「自信」「希望」「絶望」。それらが常に行き来する、それこそが「若者」であることの証。2020年が終わろうとしている今でも、1974年の若者の冒険は普遍性を持ち得ている。
角幡唯介の解説が全てを語る。「冒険を希求しない若者など、若者であることの権利を放棄した抜け殻のような存在にすぎない。若者が冒険を放棄した時、それは人間が生きているという経験を求めることをやめたときであり、同時に人間がその能力の一部を失って、人間であることをやめる階段を一段降りたときにほかならない。」



0 件のコメント:
コメントを投稿