今年読んだ本であって、今年発行された本ではありません。少し古い本もあったりして、読まれたい本が時々読んでくれないかと、やってきたりします。今年の1位はそんな本です。
第1位 村上 春樹「騎士団長殺し」(新潮社)
発売から1年半経った18年9月のある土曜日の夕方、突然「読まなくては」「読みたい」と思った。全2冊、合わせて1000ページ程度を一気に。
面白かった。止められなかった。幸せな時間だった。もっとも、途中仕事もせざるを得ず、読了までには4日程度かかった。でも、重たいのに出張先まで持って行ったし、移動中もホテルでも読み続けた。
解釈は不要。そのままの人間の物語。誰かのために、引き返しようもないところへ突き進まなければならないもこともある。
第2位 佐藤 優「15の夏」(幻冬舎)
1975年夏、高校1年生の著者は、ひとりで42日間の東欧・ソ連の旅に出る。少年がのちの「佐藤優」になる長い旅の始まりだった。
当時の東欧やソ連の市民の生活が活写される。日本で喧伝されていた薄暗い、抑圧された市民生活とは異なる、楽しく生きる市民の生活がそこにあった。幾つもの国を行き来している市民の生活もあった。当時の日本よりもずっと豊かだと思わせる生活もあった。もちろん全部の国がそうではなくて、抑圧された、不便な、豊かではない市民の生活がある国もあった。もう2度と行きたくないと思うような国もあったし、また戻ってきたいと思う国もあった。
15歳の少年が、たくさんの人と出会い、語り、食べて、街を歩いて、そして様々なことを感じ、考える。当時、こんな旅があった・・・ということが驚愕。そして、登場する多くの大人たちが一様に予言する。「あなたの一生に大きな影響を与えることになる」。そして、その通りになった。
第3位 ドニー・アイカー「死に山」(河出書房新社)
1959年、雪のウラル山脈をトレッキングする学生9名のグループに起こった遭難事故。全員が死亡。テントから1キロ以上離れた場所で発見される凄惨な遺体。氷点下の中で、誰も靴を履いてなく、衣服もきちんと身につけていないものも。外部からの強度の力による頭蓋骨折や胸部骨折のもの、舌がなくなっているもの・・・。衣類からは放射能も検出される。そして、当時の最終報告は「未知の不可抗力」によるものと結論づけた。
半世紀以上経った今、アメリカ人の著者がその謎に挑む。宇宙人説、ソ連の秘密実験説、野生動物説、少数民族説、近くのラーゲリからの脱走者説、雪崩説や暴風説・・・・。シャーロック・ホームズのように全ての可能性を潰していった。著者は自ら厳冬の、遭難が起こったのと同時期の遭難現場「死に山」に足を運び、そして・・・・。確かに「未知」の現象によって引き起こされた事故だったとの結論に。ただし、現在では「既知」の現象だった。恐るべき、自然の現象だった。
事実を持って真実に近づいていく描写の迫力が、極寒の描写の中に、手に汗握る。心臓が早打ちし、息が上がっていく。そんな久しぶりの読書体験。
第4位 旗手 啓介「告白 あるPKO隊員の死 23年目の告白」(講談社)
初めて日本が自衛隊を海外派兵したカンボジアPKO。あのとき、文民警察官75名もまた派遣されて、そして一名が殺された。
派遣のための条件である「停戦合意」が事実上破綻していたのは明白にもかかわらず、政府は都合のいい解釈を続け、国民世論を欺き、したがって撤収することをせず、一名を見殺しにした。現場の隊員からは、実態は内戦状態にあること、具体的な命の危機にさらされていること、そして実際に多くの「事件」(ほんとうは「戦闘」)が起こっていることが報告されているにもかかわらず、「面子」にこだわり、何もしなかった。ほんとうに何もしなかった。そしてそれは、UNTACも同様だった。
生きて帰ってきた隊員たちは、組織によって声を上げることを封じられた。そして、政府は何の検証もしなかった。なぜ一人の隊員は殺されなければならなかったのか、本来ならば派遣の意思決定ないたる経過も含めて、徹底的に検証されてしかるべきだった。結局そうしなかったことが、今日の例えば南スーダンのPKO問題(現実を直視せず「戦闘状態にない」と、カンボジアのときと同様に強弁を続ける)ことにつながる。犠牲を強いられるのは、いつでも最先端のものたちてある。
23年の沈黙を破って、元隊員たちが真実を語った。日本の政府、官僚組織がこの悲劇を受けても何も変わらなかった、それが悲しい。
第5位 河合 雅司「未来の年表 人口減少日本でこれから起こること」(講談社現代新書)
2024年、全国民の3人に1人が65歳以上。2033年、3戸に1戸が空き家に。人口は40年後には9,000万人を下回り、100年も経たないうちに5,000万人を下回る。これらは、もうずっと前からわかりきっていた事。20年後の20歳の人口は昨年生まれた子供の数より多くなる事はないのだから。何もしなければ、日本はこの本の年表通りになる。今さら、出生率が5とか6になることはない。確実に親の世代よりもこの世代が少なくなるのだから、人口増の展望はない。
今の政治には希望はない。絶望だけ。
提言される「日本を救う処方箋」は、その多くに同意。24時間社会からの脱却、非居住エリアを明確化、第3子以降に1000万円・・・・。なかでも、「面白い」のは高齢者の定義を変えること。子供の定義を変えること。75歳以上を高齢者とした瞬間に、高齢者の実数も高齢者率も劇的に低くなる。子供を19歳以下とするだけで、子供の人口は増える。そうするだけで、全く違う社会が見えてくる。年金制度が破綻しかねない今、これだけは政治もやりそうな気が・・・。何しろコストはかからない。
第6位 植田 紘栄志「象のウンチが世界を変える。」(ミチコーポレーション)
こんなことがあるのか? 現代の「わらしべ長者」。長者になったかどうかは定かではないけど。
ありえない出会い。アポなしで首相や都知事に会おうと来日した「破廉恥な仏教徒」スリランカ人ティトとの偶然の出会い。その出会いが導く、不思議な、魑魅魍魎とした起業の物語。
ティトの結婚式に招待されて内戦の最中のスリランカへ。そこで見たゴミの山。そこから始まるペットボトル再生事業。金脈とみたか、それにたかる××財団やその周辺の人々。多くの税金が無駄に使われていく様子も活写。スリランカの市井の魅力的な人々、大臣も活写される。
とにかく初めてしまえば、そこに新しいつながりができる。オーストラリア留学、パートナーとの出会い、築地での金策、それまでの準備があったからティトと出会い、そこから始まる出会いの連鎖がゾウのウンチビジネスまで一気に繋がっていく。今では、日本中の、また世界の多くの動物園でゾウのウンチグッズが販売されている。そしてそれは、スリランカのゾウと自然を保護し、そこに暮らす人々を幸せにしている。
僕たちは、多分誰もが「ティト」と出会っている。でも、多くは「幸運の女神には前髪しかない」ことに、ずっと後に気づくことになるのである。あるいは、死ぬまで気づかないのかもしれない。準備をしているものだけが、夢を真剣に追っているものだけがその前髪をつかむことができるんだなー、という本。
文章もうまい。とにかく読ませる。
第7位 ジャン=バティスト・マレ「トマト缶の黒い真実」(太田出版)
中国・新彊ウイグルの生産地で収穫されたトマトが世界中に輸出されている。特にアフリカやヨーロッパで消費されるトマト。中国の軍や、イタリアのマフィアが関わりながら。
資本主義の行き着くところ、人間の欲望の行き着くところのディストピア。3倍濃縮のトマトを水で薄めて、大量の添加物を加えて、2倍濃縮のトマト缶として売り出す。南イタリアのイメージを添えて。実際には、トマト缶の中身の60%は添加されたトマト以外の物質で、トマトは中国で生産、加工されているにも関わらず。
酸化して真っ黒になった濃縮トマト、異様な匂いのする濃縮トマトが、添加物によって赤い濃縮トマトに蘇って、そして流通していく。資本主義にとってはそれは勝者の振る舞いなんだろう。
著者は、中国、イタリア、フランス、アメリカ、アフリカの生産地、加工工場に足を運ぶ。資本家に取材し、労働者に話を聞く。資本家が決して見せようとしない、添加物を混ぜ合わせる現場を盗み見する。そして、実態を明らかにしていく。
著者は現実を明らかにするだけである。それがおかしいだとか、こうすべきだとか、それは言わない。その後は、読者に委ねられている。
第8位 畠山 理仁「黙殺 報じられない"無頼系独立候補"たちの戦い」(集英社)
そもそも誰が名付けたのか「泡沫候補」。政党に所属するか、政党からの支持がない候補についてはマスメディアは「その他の候補」ということでほとんど無視する。「主要」と言われる候補者もまた、彼らを無視する。堂々と政策論争を交わそうともしない。
著者はそんな彼らを「無頼系独立候補」と名付け、その選挙戦を追う。彼らには、立候補せずにはいられない、押さえつけきれない魂の叫びがある。そうしなければならない、強い強い思いがある。世界と比して無謀にも高い供託金、しかもほとんど戻ってくるあてもないのに、それでも戦わなければならない理由があるのである。
それにしても、以上に高い立候補への参入障壁、独立系候補の声を届けようとしないマスコミをはじめとする選挙報道、この国の「民主主義」はどこかおかしい。
第9位 清水 浩史「深夜航路」(草思社)
深夜0時過ぎから始まる船旅、そんな航路が日本中にいくつもあること、住んでいる西日本にもいくつもあることを知る。短いけど、非日常の空間。わざわざそんな時間に旅する人は多くはなく、多くは物流のための航路なんだけど、それでも旅人も乗る。そして、黙る。思考を巡らす。
出張に新幹線や飛行機を使うのは楽だけど、わざわざ深夜航路を使って行く、というのもアリかもしれない。疲れるだろうし、どうやって時間を確保するのか・・・という問題もあるけど、もうそろそろそんな風に楽しんでもいいんじゃないか、こんな歳だし・・・と思わせる本。
出張に新幹線や飛行機を使うのは楽だけど、わざわざ深夜航路を使って行く、というのもアリかもしれない。疲れるだろうし、どうやって時間を確保するのか・・・という問題もあるけど、もうそろそろそんな風に楽しんでもいいんじゃないか、こんな歳だし・・・と思わせる本。
第10 位 白戸 圭一「ボコ・ハラム」(新潮社)
著者は「ルポ資源大国アフリカ」(東洋経済新報社)で、アフリカの苦悩は、根源のところは、というか始まりはやはり列強の植民地支配であり・・・・ということを暴いた。そしてこの本で明らかになるのは、ボコ・ハラムの出現までに至るまでのナイジェリアとその周辺の困難・苦悩は、やはりイギリスを始めとする列強の植民地支配から始まっているということである。
貧困や差別、格差などが社会変革の運動となっていくのは、いつもそうである。しかし、経済成長がテロの芽を積むことには決してならないことを著者は明らかにする。「テロを企てる際には、無辜の民を殺害する自らの行為を正当化する理論的・思想論的武装が重要である。その意味で、テロとは思想の産物で(中略)知的作業を行い得るテロ組織の中心人物たちが、高等教育を受けた中間層以上であるのは自然なことである。」「テロ組織の中枢が経済的貧困と無縁な人々によって占められている」「経済の急成長で人々の生活や価値観が急激な変容を迫られ、富や雇用機会の偏在が進むと、これを是正しようとする反体制的性格を帯びた運動が台頭し、その中から暴力を厭わない過激主義者が生まれるリスクを、我々は考慮しなければならないのである。」。日本を含めた世界のテロ組織はかつても今もそうなのである。
2018年はあまり読めなかった。2019年は心を入れ替えて、もう少したくさん読みたいものである。せめて週に1冊程度は読みたいものである、と強く思うのであった。
0 件のコメント:
コメントを投稿