2017年12月31日日曜日

2017年に読んだ本 ベスト10!!

 今年もまた、ベスト10を選ぶくらいには読めたけど、もっともっと読みたいという欲求は募るばかり。
 ベスト10は今年読んだ本であって、今年出版された本ではありません。年の初めは、前年の新聞や雑誌で「今年のベスト◯◯」なんてのから面白そうなのを選んで読んでいるので、1年以上前の本が多かったりします。ただ、今年再読してやっぱりよかったオーウェル「1984年」やフランクル「夜と霧」などはちょっと古すぎるので除外。

第1位の本は限定400部だし、ISBNコードも付いていないし、多分多くの人は見たこともないかも・・・。でも、とっても素敵な本です。

1位 蔵前仁一「旅日記3《総集編》」(旅行人)

 1985年、蔵前仁一は後にバックパッカー紀行の名著のひとつ、蔵前仁一を一気にメジャー押し上げることなる「ゴーゴー・インド」で書くことになる旅の途上にいた。盗まれた日記を、長い長い旅の終わりにタイのコサムイで絵日記として復元する。
 当時のノートに書かれた絵日記を忠実に復元。ノートのシミも、シワも、色あせたさまもそのまま。拾った包装紙やラベルも当時と同じように貼るという凝りよう。すばらしい。80年代インドのバックパッカー達の息使いまで再現されている。空気や匂いまでも立ち上がってくる。

 僕がインドを旅したのが1989年。蔵前の旅より少し後だし、ほんの短い期間だったけど、それでもこの本を読んで思い出した。何がインドへ向けさせたのか、今となってはそれすらもわからないが、ただ、インドは暑かったし、僕も多分熱かった。あの時、行かなければならなかった何かがあったのだと思う。この本から立ち上がってくるドミトリーや安い飯屋、バラナシやガヤ、ニューデリーの空気や匂いは、僕のそれらの記憶と同じ。きつかったけど、楽しかった。

そんな旅を、再びしたくてたまらない。


2位 角幡唯介「漂流」(新潮社)

 グアム沖でのマグロ漁船沈没から37日に及ぶ漂流。奇跡的に生還した男は、その8年後再び漁に出て、そしてまた行方不明になる。

 沖縄、宮古島の池間島、伊良部島の池間民族、佐良浜民族と呼ばれる海洋民族。民族と呼ばれるに相応しい、陸に軸を置いて生活する人間とは全く異なる文化、生き方、生死感、そして世界の捉え方。著者が取材する中で出会うフィリピンなどの漁民とむしろその心性は近い、そんな民族。
一人の漂流民の人生を辿る中で、戦前から今に至る沖縄の南方カツオ漁、まぐろ漁の繁栄と衰退、漁師たちの人生、生き様を丁寧に追っていく。
 それにしても、小さな漁船ですぐそこの漁場に出かけるように、フィリピンやマレーシア、パプア・ニューギニアやミクロネシアの海域まで出かけていく感覚、地理感というか、距離感は、陸の人間が理解できるものを遥かに超絶している、と思う。

 この民族そのものがいまだ、漂流の只中にずっといるようである。奇跡の生還を果たした男は、陸の世界の価値観が支配する中での生活に馴染むことができず、8年後に再び漁に出て、行方不明になったままである。


3位 トルガー・ブレグマン「隷属なき道」(文藝春秋)

 サブタイトルは「AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」。
 世界は過去最高の繁栄の中にあるのに、不幸に苦しむ人がいる、格差は拡大するばかり。そして、AIとロボットの進化は確実にそれをさらに推し進める。「資本主義だけでは、豊穣の地を維持することはできないのだ。(中略) 生活の質を上げる別の道を見つけなければならない。」と著者は言う。その答えが、ベーシックインカムと週15時間労働と国境の開放なのである。
 「福祉はいらない、直接お金を与えればいい」など、刺激的な主張が続く。その主張にはどれも様々な調査や実験によるエビデンスが提示される。


 なぜBIなのか、ということはここに全て書かれている。技術的なことは書かれていない。今必要なのは、大きな物語を語ることなのである。「アイデアは、どれほど途方もないものであっても、世界を変えてきたし、再び変えるだろう。「実際」、とケインズは記した。「アイデアの他に世界を支配するものはほとんどない。」」


4位 前野ウルド浩太郎「バッタを倒しにアフリカへ」(光文社)

 ファーブルに憧れて昆虫学者になることを決めた著者は、大地を覆い尽くして、大規模な飢餓を発生させるサバクトビバッタによる被害を食い止めるために、そして安定した「学者」の地位を得るために、モーリタニアを目指した。
 非常に限られた時間の中で論文を書くための実験、観察を続けなければならないのに、よりによって数年ぶりの旱魃でバッタが発生しない。時間は刻々と過ぎていく。このままでは、昆虫学者にもなれないし、アフリカに貢献することもできない・・・・著者は焦る。
 モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所の面々が面白すぎる。バッタがゴミムシダマシが、愛おしくなってしまうかのような昆虫愛。
 圧倒的な筆力が、アフリカへの旅を誘う。


 著者は結局安定した「昆虫学者」の地位は手に入れたみたいだけど、さてサバクトビバッタとの対決はどうなったんだろう。それは、未完である。


5位 鈴木典比古「なぜ国際教養大学はすごいのか」(PHP研究所)

 著者は現学長。グローバル人材とはリベラルアーツを身につけたものである、という信念に基づいた大学作り。それは、実際は世界標準の大学を作るということにほかならないれど、日本のガラパゴス化した多くの大学との対比で見てみると、その違いはあまりに大きい。それが、入試倍率10倍、就職率100%の大学を実現させることになった。大学創立者の意思、信念による大学作りとその継続した実践は、APUの「混ぜる教育」(日経BP)と同じである。国際教養大学もまた、混ぜる教育であった。
 リベラルアーツとは
「自分の意思で自由に生きていくために身につける芸妓」
「個人が習慣・束縛・偏見から自分を解き放ち、新たな自分を構築していくもの」
「自分の自分による自分のための学び」
「世の中がどのように変化したとしても、自分を見失わずに前を向いて歩み続けられる能力」
「真のリベラルアーツとは、自由人になるためのもの」

 東京大学「大学経営・政策研究センター」の全国大学生調査(2007)によると、「大学1年生の1週間あたりの授業に関連する学修時間」は「0」が9.7%15時間が57.1%1週間に5時間以下しか勉強しない学生が7割もいる一方、アメリカの学生は「0」はわずか0.3%11時間以上が58.4%と対照的。国際教養大学はこの厳しさを日本に持ち込む。学修を強いるのである。だから、4年間での卒業率は50%程度という。これも国際標準。


 この大学の学生は50年後もきっと大丈夫、力強く生きているな、楽しく生きているに違いないな、と確信させる一冊。


6位 井上智洋「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」(文藝春秋)

 シンギュラリティ、その時雇用は大崩壊する。その世界が、ユートピアになるのか、ディストピアになるのかは、BI(ベーシックインカム)を導入できるかどうかで決まる。BIのないシンギュラリティはごく少数の富裕者とそれ以外の貧者になる。なにしろ雇用がなくなるのだから。

 この本の白眉は現在でもBIは導入できる、しかも多くの国民にとっては実質の増税はなしに・・・という試算。ひとり7万円/月のBIなら25%の所得税の増税で賄える。非常に単純化した試算だが、課税所得が800万円なら200万円の増税。夫婦と子供一人の家計であれば7万円×12ヶ月×3=252万円のBI収入。一人暮らしだと減収になるけど、生活のコストも少ない。そういうことである。マイナンバーを使って、BIを導入すれば、ユートピアが待っている。


7位 清水潔「殺人犯はそこにいる」(新潮社)

 北関東で起こった「連続」少女誘拐殺人事件。著者は徹底した調査から同一犯による「連続」事件、そして真犯人までたどり着き、それを様々なメディアで報道する。一方警察は、「連続」事件とは認めず、「足利事件」のみで一人の男を逮捕、無期懲役の確定判決。他の事件は未解決。著者の調査のなかで、証言や証拠のでっち上げ、不利な証言や証拠の無視や、意図的な曲解などが明らかになり、結局冤罪であることについては認めざるを得なくなり、再審無罪。しかし、それでも警察は著者が真犯人にたどり着いた過程を無視し、真犯人を逮捕することはなかった。
 その過程を追認することは、警察のこれまでの捜査を否定することであり、そうすることで過去の幾つもの事件が実は冤罪(その中にはすでに死刑が執行されたものも)であったことが明らかになってしまう。真実よりも警察を守ること、ひいては「体制」を守ることが優先される。

 権力の本質をここに見る。おそろしい。


8位 吉田勝次「洞窟ばか」(扶桑社)

 地球上に残された未踏の地なんて、もう深海しかないと思っていたけど、そうか洞窟があったんだ、というのがまず最初の目からウロコ。未踏の洞窟の、先に何があるのか、あるいは何もないのかもわからずに17cmの隙間を潜り込んでいく。300mの縦穴を降りていく。スキューバダイビングで潜っててその先へ行く。そして、迷う。排泄物は持ち帰る。明かりはヘッドランプだけ。高所恐怖症で閉所恐怖症で暗所恐怖症の僕は、読み進めるだけでジワリと手のひらに汗が・・・・・。著者は言う「未知なる世界を探検したい」。洞窟探検では、まだ人類が見たことも、立ったこともないところ、その未知の世界に世界で一番最初に立ち会うことができて、その感動は途方もないものであるという。それは、たぶん理解できる。でも、圧倒的な暗黒の洞窟に何日も泊まりながら探検を続けるなんて・・・。

 惜しいのは、「外道クライマー」沢ヤの宮城公博くらいの筆力があれば、この本はもっととんでもなく面白いものになっただろうに・・・ということ。



9位 菅賀江留郎「道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」(洋泉社)

 戦中、戦後すぐに静岡で起こったいくつもの冤罪事件。その一つである「二俣事件」を中心に、膨大な史料と現地取材でなぜそれらの冤罪が起こったのか、そしてどのようにして冤罪が解明されていったのかを解き明かす。
 アダム・スミスの「道徳感情論」と進化心理学、認知科学、生態学、進化学などの科学を融合させ、冤罪を引き起こすのに「認知バイバス」が大きく関わっていることを明らかにする。そして、その「認知バイバス」を克服することがいかに難しいことか・・・・。例えば「最近少年による凶悪な犯罪、そして犯罪件数そのものが増加している」という言説。もっともらしく聞こえるということがすでに「認知バイパス」であり、実際はこの100年では少年犯罪を含む凶悪犯罪も犯罪件数も現在が最小であり、もっとも安全に社会になっているのである。事実をもとに「考える」こと。著者のペンネーム「かんがえるろう」はそのメッセージである。

 それにしても500ページを超える大著、膨大な史料、様々な科学的知見を駆使し、人間の本質について縦横に語っていくのだけど・・・・私は混乱している。


10位 福田ますみ「モンスターマザー  長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い」(新潮社)

 子供の自殺と母親の狂気。子供を救いたい先生と友人たち、行政。一方で、ないことないことの暴言と「脅迫」で学校を追い詰めるその子の母親。そして、子を自死に追い詰めたのはその子の母親だったという、丁寧な取材で暴かれる仰天の結末。

 自死した子とその親は弱い被害者で、先生、先輩、役人や警察は加害者に違いないというのは、確かに一般的にありがちな構図ではある。そして、先生や役人を「懲らしめる」ことが「正義」だと信じているマスコミと〈人権派〉弁護士、著名な作家、県会議員は、事実に対して全く謙虚ではなく、自分のこうあるはずだという「信念」に基づく構図に出来事を当てはめていく。荒唐無稽な物語を作り上げていって、先生や同級生、先輩とその親たち、役人や警官の人権を侵害し、名誉を毀損する。  
 たった一人のモンスターが、一つの学校という社会を崩壊寸前まで追い込んでいく様は恐怖であるが、事実を事実として認識しない、実際は行政以上の権力者であるマスコミや弁護士、著名な作家の仕業が恐ろしい。


 〈人権派〉には注意しろ、ということか。残念な人たちがいる、ということだろう。


分野的に大きな偏りがあるが、それが今の僕の興味・・・ということで。











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