2014年11月24日月曜日

1982年の「本の雑誌」

 広島紙屋町、シャレオの広場で古本市をやっていた。100円のワゴンセールや、B本のフェアが中心。そんななかに、出版や出版社に関係する本を集めたコーナーが。集めたと言っても100冊もあったかどうか既に定かではないけど、まあそんなものだった。そこで「本の雑誌」の第25号から、途中いくつかは抜けているものの34号までを発見。思わず買ってしまう。第25号は奥付を見ると昭和57年3月発行とある。僕が高校を卒業する頃である。



 本を仕事にするようになってから、というか椎名誠の著作を本格的に読むようになった頃、それは就職して本を買う程度の経済的ゆとりが出来た頃なんだけど、つまり1990年頃から「本の雑誌」を定期購読している。手元にある一番古い号がNo.86の90年8月号。もちろん本屋をしていたので、以前からその存在は知っていたし、扱っていもいた。「哀愁の町に霧が降るのだ」「新橋烏守口青春編」「銀座のカラス」と続く椎名誠の自伝的小説を読み進めるうちに、たぶん「本の雑誌」も読むようになっていったのだろう。

 1982年の「本の雑誌」。当然だけど、まだ活版印刷で、そして文字が小さい。そして、おもしろい! ほとんど違和感もなく、全部読める。新刊めったくりガイドも読めてしまう。知っている本もあるし、知らない本もある。まあ、それくらい本を知らないということだろう。忘れているのかもしれない。

 面白いことに気づいた。当時の三角窓口、投稿者のほとんどが10代から20代。1982年25号の最年少は16歳。で、2014年10月号の投稿者はほぼ50代、それも後半。最年少は11歳なんだけど、最高齢は79歳。大学生18歳東広島なんてのもあってうれしかったりもするけど、そういう話しではない。つまり当時の読者が30数年後の今も読者のままで、「本の雑誌」とともに生きてきたというのはかっこいいけど、新しい読者を十分に獲得できなかったということなんだろうな。たぶん多くの雑誌はそういうふうにしてなくなっていく。「旅行人」もそうだった。そういうのは悪くはないけど、寂しい。

 25号には「本の雑誌」の取り扱い書店が載っている。京大生協や阪大生協、神大生協、北大生協や東北大生協の名がないのに広大生協は載っている。少し誇ってもいいのかもしれない。83年の31号には、阪大生協、神大生協、東北大生協は載っている。扱い店がどんどん増えていっているのがわかる。そして、34号には取り扱い書店一覧がなくなっている。もう載せることが不可能なくらい、取り扱い店舗が増えたんだろう、きっと。そんな勢いが当時の「本の雑誌」からは感じられる。

 という感じで、30年ほど前の雑誌を、まるで新刊のように楽しんでいるのであった。

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