2026年2月8日日曜日

大雪で臨時閉店しました 「オマルの日記 ガザの戦火の下で」

  昨晩からの雪が積もって、日中も降り続く予報の中、大雪警報も発令されているということで、今日は臨時閉店させていただきました。



 実際、2回ほど雪かきもしたのですが、家の前の公道に出ることは不可能でした。金曜日に、期日前投票しておいてよかった。

 冬季オリンピックが始まりました。2024年はパリオリンピックでした。その最中、ガザではジェノサイドの悲惨の最中にありました。いま、ガザやウクライナの人々はこのオリンピックをどう感じているのでしょうか?
この本(古本)はBooks tabito 蔵 に在庫あります

 現在進行形のジェノサイドの中を生きるガザの青年オマル・ハマド氏が、虐殺が始まった2023年10月8日から最初の停戦合意がなった2025年1月19日までXに投稿した「日記」。

 詩のような美しい文章が、残酷なジェノサイドを、人間の信じがたい行いを、地獄図絵を炙り出します。そして、僕らに突きつけます。「この世界で虐げられている人々を守ろうともせず、あなたは安楽な暮らしを続けられるのですか」(2025年1月4日)。「僕たちがどう生きているのか気にならない人がいるのは本当に傷つく。言わせてもらうが、僕たちの命はコンテンツじゃない。僕たちは本当に死にかけているんだ。あなたがたが見ている殺人や破壊は映画でもゲームでもない。僕たちの魂なんだ」(2025年1月8日)。

 2023年10月7日にハマスが行ったテロについては、オマルの意見に完全に同意することはできません。しかし、その後の状況はあまりに非対称です。日本も含めた「西側」が主張する価値は、ダブルスタンダードあったことも明白にしました。

 「殉教する日が来ても、僕のことばや詩が忘れられるのは嫌だ。全世界にそれを読んでほしい。そして知ってほしい、人生を愛し、あなたと同じように幸福で何の不安もない暮らしを送りたかったガザの若者がいたことを。」(2024年7月20日)  ガザで何が起こったのか、人々がどう殺されて、どう生き残ったのか、少なくとも僕らは知らなければならないでしょう。そして、オマルという青年が生きていることを。


2026年2月7日土曜日

新しい繋がりが・・・嬉しいご来店  「黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い」

  16時過ぎてから雪が強く降り出しました。蔵の中は、先日買ったストーブのおかけで22℃になりました。快適に過ごしています。

 本日はとても嬉しいご来店がありました。おかげさまで、今年になってお伺いした「喫茶曲がり」「古本たかつか」「cafeやまびこ」、それにkamiyadori_bunko様が繋がりました。これから、何かいいことがありそうです。


 8日(日)は多分家から出ることができないくらいの積雪になるだろうと思い、昨日、期日前投票に行ってきました。今回の総選挙の結果は・・・・嫌な、暗い想像しかできません。これからこの国はどうなるのか、不安でしかありません。テレビニュースを見ても、気分悪くなるだけ、不安で動悸が激しくなったりします。ニュースもワイドショーもやめて、これから2週間はオリンピック一択です。


 今回の選挙は全くの抜き打ちだったために"泡沫候補"は立候補の準備すらできなったのでしょう、メディアで取り上げられることは全くありません。そういう意味でも、ひどい解散でした。


 そもそも誰が名付けたのか「泡沫候補」。政党に所属するか、政党からの支持がない候補についてはマスメディアは「その他の候補」ということでほとんど無視する。「主要」と言われる候補者もまた、彼らを無視する。堂々と政策論争を交わそうともしない。
 著者はそんな彼らを「無頼系独立候補」と名付け、その選挙戦を追う。彼らには、立候補せずにはいられない、押さえつけきれない魂の叫びがある。そうしなければならない、強い強い思いがある。世界と比して無謀にも高い供託金、しかもほとんど戻ってくるあてもないのに、それでも戦わなければならない理由があるのである。
 それにしても、異常に高い立候補への参入障壁、独立系候補の声を届けようとしないマスコミをはじめとする選挙報道、この国の「民主主義」はどこかおかしい。(2018年4月 記)

2026年2月1日日曜日

2月のフェアは「失われた場所を求めて」 「深夜特急 第1便」

  月が変わって、先月のフェアを片付けて、新しいフェアの本を平台に並べました。2月のフェアは「失われた場所を求めて」です。

 この写真は、僕の1985年の旅でベルリンで撮った壁です。今は、もうなくなってしまいました。これは多分いい変化です。でも、世界には紛争や政治体制の変化、温暖化などで失われてしまった場所がたくさんあります。今では、本の中にしか見出すことのできない風景、場所があります。例えば、この本の香港。
 沢木耕太郎が熱に浮かされたように歩いた香港の廟街。中国に返還されたいま、その猥雑さはなくなってしまったようです。