2023年12月31日日曜日

2023年に読んだ本 僕の「極私的」ベスト10

  書籍界隈の話で、今年一番の衝撃は以下のメールを受信したときであった。10月2日だった。

出版事業停止による有事が発生致しました。

期間内委託商品はありませんが、出版社の意向で返品を受ける銘柄が2点ございます。


1.事象

 ・出版事業停止による取引中止

 ・対象出版社 (有)旅行人 

 「旅行人」に一体何があったんだろう。雑誌「旅行人」の発行が月刊から季刊へ、そして不定期刊へ移行していったのは、発行人の「もっと旅行がしたい」という理由だったし、そもそもそれはもう随分前のことだった。書籍の刊行も減ってきてはいたけど、まさか「出版事業停止」とは・・・・。今年の2月にも新刊を出したばかりなのに・・。ホームページhttps://ryokojin.co.jp/ を見ても、〈夏季休業のお知らせ〉以降は更新がないし、どうしたんだ!?

 雑誌「旅行人」が取次から配本されるようになるずっと前、1995年頃から個人的には定期購読を開始して、2000年頃からは勤務する生協書籍部でも販売もするようになった。とにかく学生たちに海外に行って欲しかった。そのためのノウハウが目一杯詰まった雑誌だった。「地球の歩き方」に旅行者の投稿がどんどん減っていくなか、旅行者のリアルな情報が手に入るのは本誌だけになったいた。毎号の特集も、幾つもの連載も世界の最新の情報で満ちていた。本誌の最後のページの「バックナンバー取扱店」一覧に都会の大書店に混じって僕らの書籍部が掲載されているのを見ると、なんとなく誇らしかった。小川京子さんからはその職場に「ただ今、グアテマラです・・・」なんていう絵葉書が来たりして、僕は「旅行人」の布教をしているようだった。蔵前仁一、小川京子の新しい本を読みたい。


今年の後半は次の人生に向けての個人的にとても忙しい日々が続いて、あまり本は読めなかった。このところ毎年「あまり読めなかった」と書いている。結局、理由は言い訳で、体力的にあまり読めなくなってきているのかもしれない。それも、言い訳か・・・。


 角幡唯介が世界探検全集(河出書房新社)の別巻「未来の探検準備室」の中で、世界探検全集の第2弾をやるなら西川一三「秘境西域八年の潜行」がめちゃくちゃ面白い、と言っている。その西川一三を書いたのが僕的今年ベスト1のこの本。

第1位 沢木耕太郎「天路の旅人」(新潮社)

 沢木耕太郎はこう書く「私が描きたいのは、西川一三の旅そのものではなく、その旅をした西川一三という希有な旅人なのだ、と。」


 戦争末期、満州から蒙古人のラマ僧に偽装して中国奥地、チベットを密偵した西川。戦争が終わった後も、インドとチベットを往復した交易をしたり、インド、ネパールの仏教の聖地を訪ねて回ったり。基本的に徒歩の旅である。数ヶ月の徒歩の旅を繰り返していく。雪に埋もれた峠を越え、凍りついた絶壁の細道を通り、追い剥ぎに狙われる。インドでは無賃乗車を繰り返すが・・。

 何が西川を突き動かしたのか? 言葉を覚え、経典を暗記し、蒙古人のラマ僧になりきって、密偵という使命も無くしなった後にも旅を続けたのはなぜ。

 亡くなる前、自宅で娘にかけた最後の言葉「もっといろんなところへ行ってみたかったなあ・・・」ということだったのか。

 そして、「こんな男がいたということを、覚えておいてくれよな」。

 僕ももう絶対に忘れることはないだろう。すごい人間がいたものだ。



 村上春樹の小説に対しては、僕は語るべき言葉を待ち得ていない。

第2位 村上春樹「街とその不確かな壁」(新潮社) 

 「壁」を乗り越えてその場所に行った時、きっと人生は自分自身のものになる。そして壁を乗り越えるためには「そう心に望みさえすればいいのです」。



 この国では今年もたくさんの「絶望」を感じさせられた。辺野古、原発の再稼働や新設、 殺傷兵器の輸出、政治家の裏金、芸能界の性犯罪・・・。そして、この本にも絶望を突きつけられた。

第3位 伊澤理江「黒い海  船は突然、深海に消えた」(講談社)

 第54回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。「本の雑誌」で23年上半期のノンフィクションNo.1ということで読んでみたら・・・・。

 2008年犬吠埼沖350Kmで、20名を乗せた停泊中の漁船が突如転覆。17名が犠牲になった「事故」。政府の運輸安全委員会は「波による転覆」「漏れた油は一斗缶ひとつ程度」との最終報告。しかし、それは生還者、救助者の証言からは導かれるはずのない結論であり、漁船の常識からもかけ離れたものであった。

 ひょんなことでこの「事故」のことを知った著者は、救助された3名、漁船の所属する会社の社長、船舶事故などの専門家、そして防衛省の司令官などに取材を進める。スリリングな取材、そして仮説。著者が出した結論は? 

 運輸安全委員会の官僚が無能なのか、何かに忖度をしているのか、もっと大きな力によって圧力が加わったのか、それはわからない。しかし、情報公開請求に対する態度ひとつとっても、政府、官僚は守るべきは国民ではない、もっと別の何かである、ということを雄弁に語っている。そういうことを浮かび上がらせてくる取材である。

 絶望的である。

 著者による取材、調査はまだ続いている。



 現在の監視社会。個人の全ての行動が記録され、逃げられそうもない現実を生きていると思っていたけど、実はまだこの国のシステは「完璧」ではないようである。良かった、と思う。この本は2023年広島本大賞を受賞。

第4位 武田惇志「ある行旅死亡人の物語」(毎日新聞出版)

 何か記事ネタはないかと、大阪の喫茶店で「行旅死亡人」データベースにアクセスした著者は、「本籍・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円」の情報を目にする。

 右手指全欠損して3,400万円もの大金を所持した75歳の女性はどうして行旅死亡人となったのか、その人生は・・・相続財産管理人の弁護士は「この事件はかなり面白いですよ」という。そして、警察も探偵も解明できなかった女性の人生を追うことになる。尼崎から広島へ。


 少しずつ明らかになる、死亡人の人生、家族関係・・・。手に汗握る展開。

 そして・・・結局、なぜ3,400万円もの大金を所持していたのか、身元がわからないように生きていたのか、星型のペンダント、亡くなったアパートを契約した男、多くの謎は残ったまま、調査は終了してしまう。

 この時代でもまだ、こんなふうに人知れず生きることができるんだ、というのは驚くし、やはりこの死亡人は自分の意思で、人知れず生きていたわけで、それは一体どうしてなんだろう。謎は、解明されていない。



 沸騰する地球環境問題の解決には、斎藤幸平等が提唱しているように、今の資本主義とは全く違うアプローチ、仕組みが必要なんだろう。 

第5位 トマ・ピケティ「自然、文化、そして不平等- 国際比較と歴史の視点から」(文藝春秋)

 2022年3月18日のジャック・シラク美術館で行われた講演録。

 「社会的不平等の違いや度合いや構造は・・・・参政権をはじめとする政治参加のほうが大きな要因だったかもしれない。その一方で、「自然」の要因、たとえば個人の能力であるとか、天然資源などに恵まれているといったことが果たす役割は、思うほど大きくない。」

 スウェーデンの例は「ある国が本来的に不平等だとか平等だということはないと示した点で興味深い」「肝心なのは、政権運営を担うのは誰か、何を目指すのかということである。」

 そして「不平等の大幅な解消無くしては、また現在の資本主義システムとはまったく異なる新しい経済システムの出現なくしては、気候変動問題は解決することはできない」と結論づける。



 いまガザでイスラエルがやっていることと、ナチスがユダヤ人にやったことは関係ないのか、関係あるのか。同じことなのか、違うことなのか。イスラエルはどうしてあんなにも子どもたちを虐殺できるのか?  よくわからない。

第6位 小野寺拓也・田野大輔「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか」(岩波ブックレット)

 結論「していない」。

 定期的に現れるこれらの言説は、蓄積された研究、歴史学専門知によってほぼ全て否定されているにも関わらず、SNSなどであたかも真実であるかのように拡散されている。

 ナチズム研究者が、これらの「良いこともした」を最新の研究成果を踏まえて、検証していく。

 SNSやネット空間にある短くて、切り取られた情報で知った気になるということはよくあることで、とても危ういということがわかる。専門知を丁寧に学んでいくことが必要で、それはナチスに関して、あるいは歴史に関してだけではなく、全て対してそうであって、市民としてはきちんと学び続けることが必要ということだろう。



 円安やインフレ、そして戦争。でも、それでも世界は素敵な人々で満ちている。世界に出ていかない、ということにはならない。むしろ、今こそ行くべきなんだろう。

第7位 石澤義裕「今夜世界が終わったとしても、ここにはお知らせが来そうにない。」(WAVE 出版)

 2015年、既に10万キロ走っているマツダの中古・軽自動車Chin号を乗せたフェリーは稚内からサハリンへ。ノマド夫婦は南アフリカまでの移住地を探しの旅に出かけた。

 ロシアから中央アジア、ヨーロッパを経てアフリカへ。西海岸を南下しながら、雨季に突入した中央アフリカはパスして大西洋を船で進み、ナミビアへ。南アフリカに着いたけど、まだ楽園は見つからず、今度は北上をはじめてケニアへ。ここでChin号をポルトガルへ。そうこうしているうちにコロナ禍で世界は動きを止めて・・・動き出した思ったら戦争が始まって帰れない・・。で、「2023年1月クロアチアにて」で本書は終わる。

 8年経っているのである。すごいぞ、マツダの軽! 道なき砂漠、ジャングル。

 中央アジアやアフリカを自動車で旅するって、とんでもない不条理と向き合い、翻弄されることであり、でも時々とても素敵なことに出会いがあったり・・・世界はまだ、面白すぎる。



世界だけではない、広島にもとても魅力的な人々がいる。

第8位 束本理恵「いただきますの山」(ミチコーポレーション)

 尾道で昆虫食、北広島へ移住して銃猟師になった20代女性の「成長」録。

 子供の頃から目指していた幼稚園の先生になったけど挫折。たまたま歩いた尾道での「何もしてないの、いいね! 何でもできるじゃない!」の言葉との出会い。ゲストハウスで働きながら、罠猟免許をとって、蝉を捕食していく。そして、北広島での銃猟師との出会い、移住。銃猟師免許をとって、魅力的な北広島の人々との猟と農業の日々。とても楽しい充実した日々。でも、5年でまた・・・。それから江田島でのリ・スタート。

 尾道、北広島での生活は眩しい光に溢れていた。偶然の出会いから関係を作っていく様は素晴らしい。自ら求めれば、それは与えられ、自らの行動が全てをいい方向、望む方向へ動かしていく。それはとても大事なことなんだと思った。でも、無理しすぎちゃったんだな。生き急いだ、というのだろうか。

 ちょっとゆっくりでもいい。 



 新しい棺が今もウクライナ、ガザで、世界のたくさんの紛争地で作られているんだろう。

第9位 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「亜鉛の棺」(岩波書店) 

  アフガン戦争の真実。ソ連政権の巧みなプロパガンダにより徴兵された少年たちは、亜鉛の棺に入れられて帰還した。母親たちは、その棺を開けることは許されなかった。

 アフガン帰還兵、戦没者の母親たちへの多くのインタビューから、戦場で何が起こっていて、人間はどのように破壊されていくのかが明らかにされる。

 この著書が広く世界中で読まれているのは、アフガン戦争の真実を暴いた、ということよりも、「戦争」「戦場」の持つ普遍的な悍ましさ、戦争へ駆り立てる権力者の欺瞞もまた普遍的であることを暴いたと言うことだろう。どんな戦争も、ベトナム戦争も、今起こっているウクライナでの戦争も、そしてかつての太平洋戦争も、同じであろう。

 今回増補された、この著書を巡る裁判の顛末。権力の恐ろしさを実感する。

 


これからの僕の生きる道? 今秋、「広島本屋通り 第2回」に合わせて改訂版が発行された。

第10位 広島本屋通り実行委員会「本屋の現在地」

 かつて、広島本通りにはたくさんの書店があった。それは僕の記憶にもある。しかし今、書店は一つも無くなった。

 広島 蔦屋書店の企画。広島の書店員との座談会、広島を中心に中四国の独立系書店の店主への取材。広島の書店の現在地を探り、未来を探す。

 独立系書店は面白い。たくさんの書店、どれも行ってみたいな。

 でも、書店を巡る環境、現在地は相当に厳しい。



2024年こそは、もっとたくさんの本に出会いたい。

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